濃い色。

indigo la End 「藍色好きさ」

 

遊びだったとは思えない。

 

この言葉はこの曲の感想の一つである。

それほど世間一般からはあの恋愛は批判の標的にされ、批判批判批判批判。愛のない言葉、いや、ただのサンドバックにされていたと思う。

 

ただ、そこに存在した「愛」と「情」は紛れもない本物であったと思う。

 

今思えば、批判と愛の無い言葉で始まった。

今作の冒頭は大失敗で幕開け、そんな言葉がお似合いだと思う。

正直、しんどかった。いや、今でさえ傷は癒えてないのが事実である。

 

ただ、今存在するのは、紛れもない「愛情」とその何にも変え難い「存在」。

 

正しい道を歩めているのか分からない。

これから先、どうなるのか分からない。

大切に出来ているのか分からない。

愛を伝えられてるのか分からない。

 

自分といるのが幸せなのか分からない。

 

そんなマイナスな言葉ばかりが頭をよぎるばかりである。

 

ただそれは、幸せが大きいからこそ、その幸せが本物なのか疑いたくなるほどかけがえのないものだから、だと信じる。

 

ただ紛れもなく、そばにいる時、自分の色に染まっていく彼女を見て、その色の彼女のことが好きて、大切で。

だから、そばにいて欲しい。

その色の彼女をもっと深く濃い色に。

 

自分のエゴばかり通らない。

それは2人で作りあげるものであるから。

ただ、ここに記す自分だけの言葉の中では、身勝手に自分の色だけの彼女が尊い、と一言記させて欲しい。

隣で染っていって欲しい。

自分の蒼さが変わろうとしているのも感じると共に。

 

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